デヴィット・ストーン・マーチンと、
その絵とスゥイングしたJazzに捧げる
連作詩-12

1
冷蔵庫の前の嘘つき男
アーヴィン・バーリンの曲を聴きながら
ぼくは目を閉じ
何も考えられないでいる
皮膚の中に
ぼくは閉じ込められた感じだ
外側は
空間に充満したピアノの音
部屋中を飛び跳ね
色とりどりのコードが放たれ拡散する
考えなくちゃならない
生き延びるには
ここからどけへ行けばいいのか
あるいは
どこへ行くべきではないのか…
その前に
冷蔵庫のドアを閉め
とりあえず
今夜はまだ
酒を飲んでもいいことに…
今夜で最後だってことにする
2
白か黒か
どっちにすればいいか
俺、迷ってる
いや、これまでずっとだ。
ありとあらゆることについて、俺はどっちにするか迷ってきた。
白い靴にするか、黒い靴にするか。
スコッチにするか、ビールにするか。
やるか、やらないか。
言うか、言わないか。
神か悪魔か。
でも、結局は自分では決められない。
だいたい、白か黒かなんてことはどっちだっていいわけよ。
俺は
嫌だね。
片方しかないのに白い靴か黒い靴かで
悩むなんてのは
もううんざりだ。
見てくれよ、この床に転がっている俺の靴をさ。
ジャズと女の
どっちを選ぶかの方が、
まだ楽ってもんだ。
3
我が愛はここに
目が覚めて、隣の部屋のラジオが
つけっぱなしだったと気が付いた
俺は二度目の
独身生活を送る身の上
ラジオだって自分で消さなくちゃならない
なにもかも自分でやらなくちゃならない
それって最高じゃないか
このサックスは誰だ?
この真夜中に、消し忘れたラジオから
聴こえてくるのは
この世界じゃなくて、別の世界を
夢見た男の
独りごと
でも、それは俺のいいたかった
独りごと
なにもかも自分でやらなくちゃならない
消し忘れたラジオを
ひとり、暗闇の中で聴いている
ベッドの上にも
愛はまだあると信じることも
4
完璧な世界 - ミスター・パウエルに
ここは完璧な世界だ
ピアノがあるからな
他に何が必要だ?
この完璧な世界に
「阻止しなければならない」
「彼は我々に気付いている」
「…そして、怯えている」
そうさ、みんな聞こえている
俺はあんた達に書かれたピアノ・マンだ
物語の登場人物のようにな
けれども、あんたらが書かなかったフレーズを
俺が弾いたらどうする?
「そんなことはできるわけがない」
「おまえは、わたしが書いた虚構だ」
いや。
俺は弾ける
と思うよ。
あのピアノで
俺のフレーズを弾ける
あんた達、いや、あんたは、そうしたらどうする?
この完璧な世界を
「消去する」
5
バード・ランドから来た男
1987年の十月
ブラッドベリの好きな月
マンハッタンのバッテリー・パークでのこと
戦没者記念碑の前
隣に座っていた男が言う
「俺はな、バード・ランドから来たんだ」
「そりゃすごい!」と、とりあえずぼくは答える
自由の女神が
逆光で黒々と見える
「君も一緒にいこう」男がぼくの肩に
手をのせて
にんまり笑う
「あそこは」かすれた口笛「最高だ!」
ぼくらが座っている石の前を
イタリア軍の吹奏楽隊が通り過ぎる
「せっかくだけど、ぼくは行けない。もう少し
この街をいろいろ見て歩きたいからね」
男はまたにんまりと笑う
「そうか。ここもそう悪くない」
「でしょうね」ぼくもにんまりすることにする
「アレ。持ってるか?」男は煙草を吸う仕草
「スペシャルナやつ」
少し前に買った奴を分けてあげる
「バード・ランドは最高なんだぜ」男は言う
そりゃ、
最高だろうな

6
像を呼ぶ
わたしら、夜ともなれば
こうして
集まる
像を呼ぶのです
なにしろあの像は、ご機嫌
音楽が
大の好物でね
演奏を始め
わたしらが、わたしらである
ことも忘れてしまう
そんなふうになってきたら
像はゆっくり、
わたしらの前を歩いていく
そりぁ、見事なもんです
スゥイングしなけりゃ、奴は来ません
うまくやったら、
奴はここに来てくれる
意味なんてものは
ないです
ただ、像を呼びたいだけなんです
7
丘の上に羊を置き去りにする
小高い丘
の上に、ぼくは座っている
もう何年もだ
眼下の町並は夕日に染まり
風に乗って
人の声がかすかに聴こえる
行かなくちゃならない
一頭の羊が近寄ってくる
でも知らないふりをする
寄ってくるんじゃないよ。今頃になって。
丘から降りるぼくについて来るんじゃない
ついてきたら
町でおまえを
殺さなくちゃならない
露地の奥から、道路の下から
漆黒の闇が染み出してきている
空はまだほんのり
青く光っている
大きな黄色い月
さっきまでいた丘を見上げると
あの羊がじっと立っている
8
彼の恋人
ぼくの隣に座らないでくれ
別の椅子も空いてるのに、どうして
ぼくの、
わざわざぼくの隣に座ろうとするのさ
ここが、
ぼくの隣が空いているということ
それが大切なんだよ
彼はきっぱりとそういってから
絵を描き始める
もう一人のアーティストの部屋には
彼の恋人がいる
彼女は
プラスチックで出来ている
すごい美人
歳も取らない
「ほおら、彼女は、たたいても
痛くないんだ」
彼は恋する彼女を
容赦なく
嬉しそうに微笑みながら
手でたたく
それから彼は深刻な表情になって言う
「でもね。ハンマーでたたいちゃ駄目だ。
壊れちゃうからね」
9
重力を信じないということ
白い球体が無数に空間を漂っている
それが見えると俺
かなり自由になれる。
あらゆる法則から、
とくに重力から自由になれる。
ありとあらゆる色を身に纏う女の子
ブルーのミニ・スカートにピンクのタイツ。
白くてヒールの高いブーツ。
身長150センチのテディ・ペア
の耳をひっつかんで、
街中を引きずり回していく。
枯れ木のように年老いた背の高い
宇宙飛行士は誰かを探して街をさまよう。
彼のロケットは壊れてしまった。
もうかれこれ2000年も
恋人を探している。
「この女性を知りませんか?」
今年127歳のアリスも、
誰かを探している。
時計を持ったウサギじゃなくて、
死んだ夫を。
「信じない。信じない。信じない。」
と、誰かが歌っている。
10
月の歌
悪いんだけど
月の歌を弾いてくれないか
ハーレムの路上
まだ乾いていない血溜まりに
群がる
何千匹ものアリを照らしている
月の光についての歌
お願いだ
月の歌を弾いてくれないか
セックスに疲れてベッドで眠りこける
恋人たちの
窓ガラスに映る
あの月についての歌
俺のために
月の歌を弾いてくれないか
この夜に捧げる
月の歌を弾いてくれないか
精霊というものがいるなら
彼らが喜んでくれるような
月の歌を
11
部屋の明かりを消した男
やってみようか
といって男は立ちあがり
壁の照明スイッチヘと歩いていく。
ぱちん。
部屋は真っ暗闇になる。
「こんなふうに世界が終わるかもしれない」
「でも、わたしたちの声は、聞こえているじゃない」
女が可笑しそうにいう。
グラスの中の氷が
からからと涼しい音をたてる。
「そう。こんなふうに、音だけ残るのさ。
無限の暗闇。音だけの世界だ」
「ピアノの音も、聞こえているわね」
「意識だけが残るんだ」
「身体は、なくなっちゃうってわけ?」
「音だけは存在しつづける」
女は黙った。
不自然に長い
沈默。
ピアノの音だけが部屋にある。
男は思うのだ。
心臓の鼓動が速くなっている。
部屋の明かりをつけることが、
どうして、
こんなに怖いのか。
彼女はまだ、そこに座っているだろうかと。
12
魔術師と鳩
春のある午後
彼女と公園へでかけ
池のほとりの柵に座っていた
わたしたちは
ただ、きらきら輝く水面と
鴨を眺めていた
しばらくすると鳩を持った老人が
わたしたちの前に来た
鳩は死んでいるように見えた
その羽根には
命の輝きはなかった
老人はなにかぶつぶつと
つぶやきながら
一握りの枯れた草で
鳩をたたきつづける
周りの人たちも会話を止めて
老人を見ている
突然、鳩は老人の手から
飛び立っていった
老人もどこかへ行ってしまった
消えたみたいに
魔術の時間は終わったのだ
ⓒ1999
ⓒ2005
Koki Sagara

魔術師
火星に住む人類が10万人を超えた日の夜。
メガロポリスの高層ビル
78階に住む魔術師の部屋。
弟子は床の敷物に座っている師にいう。
「あの者は飛んでいません。嘘をいっている」
「いや、あの者は本当に飛んでいると思っている。あの者にとっては、
飛んでいると同じなんだよ」師は答えた。
「思っているだけです」弟子はくいさがった。
「あの者が飛んでいると思っている人たちもいる。その人たちにとっても、
あの者が本当に飛んでいるのだ」
「わたしがこの目で見たところ、あの者は決して飛んではいません。
わたしが間違っているのでしょうか?」
魔術師は黙って首を横にふる。
「では、あの者が偽者であり、あの者を"飛び人"として賛美する者たちが
愚か者ということですね」
魔術師は黙ったままほほ笑む。
壁の二枚の曼陀羅。
やがて、天文台のような円い天井へと、
魔術師の身体はゆっくりと浮かびあがっていく。
「わたしが飛んでいるのが見えるか?」
「はい。いつにもまして見事に飛んでおられます」
魔術師はそれからゆっくりと床に下りてくる。
「今はどうだ?」
「床に戻られました」
「わたしが飛んだのを確かに見たのか?」
「はい、確かに」
魔術師は笑った。
円天井に笑い声が響いた。
「先程からわたしはここに座ったままだ。飛んではいないぞ」
弟子は狼狽を隠せない。
「しかし、あなたが飛ぶところを何度も見てきました」
魔術師は笑うのを止め、弟子の目をまっすぐに見つめた。
「おまえの前では一度も、実際には飛んでいない」
ごくありふれた、少し型遅れのロボットが微かな音を立てて
キッチンから出てきた。
「わたしをからかっておられるのでしょうか?」
魔術師は黙って微笑み、ロボットからお茶を受け取る。
「わたしは"飛び人"になりたくて、あなたについてまいりました」
魔術師はお茶をすすり、茶碗から手を離す。
「これはどうだ?」
「茶碗が宙に浮いております」
そういいかけた弟子は、しかしこう答えた。
「茶碗は浮かんでおりません」
「では茶碗はどこにある?」
弟子は魔術師の口元の近くに浮かぶ茶碗を見つめた。
「やはり、あなたはわたしをからかっておられます」
弟子は怒りを隠そうともせずいった。
——出来の悪い映画だ。
ぼくはホログラム・ディスプレイをオフにする。
ごおごおと、うなる低い音が聞こえる。
火星は砂嵐が続いている。
もう3日目。
緑化は一進後退の連続。
今夜もあの声が聞こえてくるだろうか?
どこからともなく聞こえてくる声。
いや、頭の中で聞こえる、意味の分からない歌のような声。
直径500mほどのドームの外から、
誰がぼくに
何を伝えようとしているのだ?
ⓒ Koki Sagara 2001
テーブル
灯りを消した部屋
に、ぼくは立っている。
隣の部屋を見るために。
責務のように、日々長い時を過ごすテーブルを眺めるために。
テレマンのターフェル・ムジクが聴こえる。
ランプシェード、
柔らかな光。
木目が綺麗なそのテーブルは
ほとんどオレンジ色に見える。
白いはずの壁紙は
青い光りに染まっている。
テーブルには誰もいない。
なにしろぼくは、
隣の部屋から見ているのだから。
それはぼくのテーブルだ。
でもこうして、
隣の部屋の
暗闇の中
からでなくては、
その素晴らしさは
味わえない。
テーブルの上を流れた時間が
どこから流れ、どこへ去ったのかについては、
考えない方がいいだろう。
テーブルが素敵に見えて
そこで過ごす時間は
そう捨てたものでもないのだから。
ⓒKoki Sagara 2001
ピーチ・ワインの夜
シャンプレー湖のモテルから
バーリントンまでぼくらはドライブした。
ワインのボトルを交互に飲みながら。
ピンク色の甘ったるいピーチ・ワイン。
真夜中の冷え込んだ町には誰もいない。
ぼくらは車を停めて街を歩く。
くだらないことを話すと、息が白くマンガの吹き出しみたいに
闇に浮かぶんだ。
「それにしても、どうして俺達、こんなところにいるんだろうな」
と彼は言ってから、ぶるっと身震いする。
まったく。
いったいどうして、ぼくらは真夜中のバーリントンで
酔っ払い、徘徊しているのか。
俺はここに住みたいよ。
丸太で出来たアウトドア・ショップの前で、
立ち小便。
コーンパイプで一服。
ショップの外壁に吊り下げられている緑色のカヌー。
これで湖に出て釣りをしてさ
小さいけれど、住み心地のいいアパートで
目を覚ます。
女が部屋のチャイムを鳴らす。
ふらふらベッドから起き出して、ドアを開けてあげる。
そういうのは最高だな。
まだ、小便が止まらない。
二人でコーヒーを飲みながら窓の外を眺めるんだ。
例えば、この店の辺りを。
やがて、ぼくらは
モテルへ帰っていく。
友達の妻と子供がすでに眠っている湖畔のモテルヘ。
俺達、悪友二人はそろそろ帰らなくちやならない。
ピーチ・ワインはもう空になっている。
奴はスピードをあげる。
ヘッド・ライトを消して走るゲームをやろうぜ。
奴は言う。
星が見える。
フロント・ガラス越しに見えるのは、
おそらく、
アメリカ・インディアンの狂おしい舞踏。
ⓒKoki Sagara 1989
リズム、エコーそして禅
メロディーはもう長い間、帰ってこない
彼女はどこかへ行ってしまった
リズムがカウンターでギネスを飲んでいる間、
ぼくは黙っている
エコーは遅くなってからやってきて、黙って座る
リズムの隣というわけでもなく、でも同じカウンターに
メロディーについて、誰もなにも言わない
ぼくも黙っている
ぼくが黙ったまま、エコーの前に置いたのはシングル・モルトのグラス
ここはいったいどこなんだ ?
と、ぼくがかけたレコード
ターンテーブルは回っている
ありがたいことに今夜も
リズムは「そうなんだ。それが問題だ」と誰にともなく言う
「そうなんだ。それが問題だ」と、エコーが言う
メロディーに早く帰ってきて欲しいと、ぼくは思う
マイルスは「青」について話している
ⒸKoki Sagara, 1999
海に、あるいは水槽の中に海月は漂う
ホログラムの時空
時空のホログラム
海月の時空
時空の海月
というわけで、ブログを始めましたが
しばらくは試運転ということになる…だろうなあ。
"泳げるようになってから水に入ろう"では永遠に始まらないんで
とにかくblogのプールもしくは海に飛び込みました。
日々の落書き、詩、そして短編小説もできればアップしていく予定です。
それらの境界が水と海月のようにやや曖昧になるでしょうが…。
ふわりゆらりと漂っていきます。
宜しく!